清純か、不純か

凪と初対面。出会ってから三年以上経つけど、会うのは初めまして。そもそも、ここ最近は全く連絡も取ってなくて話すのも一年以上ぶりなのに、凪は昨日の続きみたいに話し出す上に、初めて顔を合わせたとは思えない話し方をするからびっくりして、でもそれがとても嬉しくて。

 

ショッピングモールの入口のすぐ横にあるベトナム料理屋でフォーを頼む。店はかなりオープンな作りになっており、道行く人たちを眺めながら食事ができる。

私が「やっと会えて嬉しい。ずっと楽しみにしてたの」と言うと、凪は「本当?私も嬉しいよ」と答えた。かなりサラッとした返事だけど、一応顔は笑っている。楽しい、って思ってくれてるのかな?再びこんな仲になれると思ってなかったから私はずっと浮かれてるけど、凪ってやっぱり昔よりだいぶ落ち着いたな。昔は凪が私に依存していて、「大好き、憂ちゃんがいないと生きていけない」って縋ってきてたのに、そんなのも全部幻だったかなって錯覚するくらい今の凪は私との間に一線引いてる感じだし、にこやかに好意的に接してくれてるように見えるけど、なんとなく怖い。そもそも、あの時全てを理解して全てを手に入れたような気持ちで居たけど、凪の本音を知ったことなんて一度もないんだよな。

この状況、素直に楽しんでいいのかな。凪は私といることが嬉しいってわけじゃなく、初めて来たベトナム料理屋さんに興奮してる様子だ。すっごく楽しそうだけど、本当に楽しい?実は「死ね」って思われてたりして。

 

そんな感じで不安になったりしながらも、それなりに楽しく過ごすことが出来た。初めて食べるフォーがどういう料理なのか、凪が丁寧に説明してくれた。

 

 

いつの間にか恋愛の話になっていた。と言ってもほとんど私が喋っていて、凪は自分のことを一切話さない。話してくれなくても、つい最近恋人と別れたことはSNSを見てたから知ってるけど。

 

話が盛り上がりすぎて、つい話声が大きくなっていた私たちは、通りすがりの男たちに声を掛けられた。

「何か可愛い声がすると思ったら。君たち二人?

ここ、一緒に座っていい?」

下品な笑みを浮かべながら馴れ馴れしく話しかけてくる男たち。いつもだったら睨んで蹴散らすのに、その日の私は弱々しく凪の肩にしがみついた。肩で身を隠していると、凪が「わぁ、憂が珍しく甘えてくれてる」と嬉しそうな声を上げた。異常に男を警戒する私と、男に目もくれない凪。男たちは、どう頑張っても私たちの間に入ることが出来ないと察したのか、あっさりと退散した。

男たちが去ってから、つい「いくら寂しくたって、あんな風に知らない人に声をかけられても嬉しくないし困る。好きな人じゃないと意味が無い」と言ってしまう。言ってから、「まずい、こんな言い方したら、まだ凪のことを好きって勘違いされてしまうかも」と心配になり、「違うよ。凪のことは好きだけど、もう恋愛感情はないから」と心の中で言い訳を繰り返す。凪は相変わらず本心の見えない笑顔を浮かべている。

 

不意に凪が「好きな人ってあれ?」と指を指した。その先には、何故か昔一度だけ食事に行った男が立っている。何故このタイミングでここにいるの?と思いつつ、「あの人が好きな人なわけないでしょ。二年前に、それも一回きりしか会ったことがないし、その時だってまともに話せなくて食事も喉を通らなかったんだから。おまけに、初対面のくせに私に本を借りて返さないままだったのよ」と捲し立てる。あんな、今の今まで存在も忘れてたような人、好きな人であるはずがない。凪は何を勘違いしているんだ。私が今好きなのは十四くんなのに。好きな人がいること、凪には絶対に言わないけど。

私の話を聞き終わった凪は、楽しそうに「じゃあ私が今言ってきてあげる。本返せって」と男の方に向かおうとする。私は「やめて!」と、凪を止める。