ほうき星とチョコレート

先生と2人でデパートを歩いている。どうしてこんなことになったんだっけ。

 

私たちは、先生の講義が終わる放課後に待ち合わせをして、当てもなくデパートの中を歩いた。平日だったこともあってか、私たち以外にほとんど人は居なかった。

紳士服売り場だったはずのフロアの端に、ひっそりと佇む小さな洋菓子店を見つけて、私は思わず足を止めた。そこの店内は、青と黒を基調としているらしい。遠目から見てもかなり暗く、そこだけが異空間のように浮かび上がっているようで、明るい昼間のデパートには不釣り合いな店だった。私はそんな洋菓子店に吸い寄せられるように近付いた。先生も黙ってついてきた。

近づいてみると、ただの青と黒に見えた店の内装は、宇宙をイメージして作られていることがわかった。宇宙柄の壁紙で覆われ、天井からは月や星などのオブジェが吊り下げられている。色合いはシックで全体的に落ち着いた印象だが、天井からごちゃごちゃと吊り下げられたオブジェたちは、子ども部屋のベッドメリーのようで、ミスマッチで奇妙だった。

どうやら、チョコレートを専門に取り扱っているお店らしい。チョコレート一粒に至るまで"宇宙"というコンセプトを貫いているらしく、ショーケースには惑星や星座をモチーフにしたチョコレートが並んでいた。

「──神秘的ですね」

「ええ、とても」

先程まで何の変哲もない紳士服売り場にいたことを忘れてしまうくらい、非日常的な空間だった。私と先生は、それぞれ離れて歩き、しばらく店の内装に見入っていたが、同じ場所で足を止めた。そこには、太陽系の惑星をモチーフにしたチョコレートが陳列されていた。

「食べ物というより、一つの芸術作品のようですね」と先生が言う。

チョコレートを見ていたら、去年のバレンタインの苦い思い出が蘇ってきた。死にたい。先生、忘れていてくれたらいいのに。

結局、チョコレートは買わずに店を後にし、紳士服のお店を見て回った。先生が洋服を見ている間、私は考え事をしながら俯いて、ただ後ろをついてまわっていた。

そんな私を見てか、先生は一言「もう、帰りましょうか」と言った。

終わった、と思った。つまらなさそうにしてたのが伝わってしまったのかもしれない。というか、先生も私と一緒に居てもつまらないだろう。それでも、今ここで別れてしまったら、こんな風に二人で会うことなんて、この先二度とない気がする。帰りたくない、まだもう少しだけ一緒にいたい。空気を壊したのは私なのに、ずっとそんな考えが頭から離れなかった。でも、そんなことを言って引き止める権利なんて、私には無い。

「良ければ、私の家に行って、映画でも観ませんか」

先生の口から出たのは意外な一言だった。

「……え?」

「海野さんが嫌なら、別にいいんですけど……」

先生の、家に誘われた。なんということだろう。これは夢?断る理由なんて、あるはずがない。

「……是非、行きたいです」

私に断られなかったことで、先生もほっとしたような表情を見せた。可愛い。この人、こんな顔するんだ。

「映画のお供にあれを買って帰りましょう」と、先生は先程の洋菓子店へと引き返した。私もあとに続いた。